レインボーDUOワーク®

自分と思っている自分が、本来の“私”から遠のいているとしたら、軌道修正します。レインボーDUOワークは、ネガティヴな部分に向き合い、ポジティブになる自分を育てます。

蓋しながら

顕在意識に上らない潜在意識の感情のエネルギーは、無意識に蓋をして鎮座していることがあります。

 

瞑想が深まると“不快な感覚”として浮上してくることもあります。

 

蓋は、自分でも気づいていない“本当の気持ち”だとしたら、どうでしょう。

 

愛着障害」のありようのひとつ、「All or Nothing」の傾向があると、

 

“本当の気持ち”を自分自身が“見たくない”ため、見る前に“蓋をして”閉じてしまいます。

 

何事もなかったかのように、淡々と人生が歩まれますが、

 

どこか、“生き生き”していません。

 

たくさんの蓋の下にある“本当の気持ち”が、自分自身にも誰にも気づかれずに、狂わんばかりに泣き叫んでいるとしたら、

 

顕在意識においても、どこか“心の拠り所”がないと感じているかもしれません。

 

 

 

 

 

 

“今ここ”に生きることは、『福音』と思います。

 

“記憶”からも解放されて、新たな大地を内側に創造します。

 

この“瞬間”を、“静けさ”のスペースに感じいることは、

かけがえのない“ミラクル”であるのです。

 

そうして、「これもまた変わる」、と手放していきます。

ときに、感情の波は、痛みに痛むエゴの増幅となります。

 

意識的にポジティブな思いを生み出し、心地よい感覚を感じることを取り入れます。

 

 

 

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次元シフト

日頃見る光景は、どんな感じでしょうか?

 

その光景で、あなたの振動が高まっているのを感じるでしょうか?

 

そこで感動することがあるとしたら、何でしょうか?

 

そんな場面に出くわしたら、もう一度、そしてまたもう一度と、その光景に身をおいて感じます。

 

すでに次元シフトが起きていて、あなたの“気づき”の創造が見守られていることでしょう。

 

 

 

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心と身体のバロメーター

赤ちゃんの目のように、綺麗な白眼になりたいと思っていました。

瞳は、その人の魂の心の窓なら、白眼は、身体の状態のバロメーターと私は思っています。

 

特に、肝臓の状態が白眼に現われています。

アルコールや重金属の摂取により、肝臓が悲鳴をあげていると、白眼は黄色味を帯びるでしょう。

重金属は、空気や水に含まれていることもあります。

 

意識的にディトックスすることもなく、白眼が綺麗になっていることに最近気づきました。

 

南半球のニュージーランドに来て二カ月。

綺麗な空気や水のおかげでしょうか。

 

ありがとうございます。

ありがとうございます。

ありがとうございます。

 

 

愛の波動 everywhere

abnb.me

 

ハワイで居心地いい部屋をご提供させていただき、半年が過ぎました。

おかげさまで、世界中からのお客様をお迎えすることができました。

ゲストのご滞在期間中も、その後も、愛の波動を送ります。

直接、会うことはなくても、お互いにつながりを感じ、メッセージのやりとりをしています。

 

ハワイには、旅行、仕事、研究、会議、競技、トレッキング、学び、などなど目的が多様です。

 

 

こうしながらも身近なご縁のある人々との交流が、愛の波動に満たされるのを感じます。

 

リピーターのお客様をお迎えしたいと思っておりましたが、ほぼ満室のお部屋のご提供する“体験”も十分になり、次の“体験”にシフトする予感があります。

 

ハートのわくわく感に導かれて、感謝とともにありましょう。

 

 

 

 

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真の愛情

ツインソウルという魂がひとたび出会いますと、

人生は走馬灯のように駆け出し、ときには過酷な思いに晒されるかもしれません。

そうしながら、エゴの浄化は加速します。

 

それが、あるときから全く違う次元にいるかのように自由になっていきます。

 

相手にも自分にも何も望まない、期待しないで、ただあるがままであることを楽しむようになります。

 

そうして、無条件に最大の愛情を示します。

それは、自分を愛すること、自分が心から望んで楽しんでいることで、相手にも無条件の愛情を注ぎ始めるでしょう。

 

たとえ“結ばれない”愛であっても、できうる限りの愛を注ぎます。

それが相手への直接的なものでなくても、その愛は波動となって伝わり、ハートのバイブレーションに届くのです。

 

真の愛情は、時空を超えて育ちます。

その愛の波動は、世界を包み込むことでしょう。

 

ツインソウルの魂は、同じ“星”からこの地球にやってきました。

物理的な次元において、出会いと別れを繰り返しますが、それぞれが自分の“中心”にあるとき、

 

二人で生み出す音を奏でるでしょう。

その音には、見えない存在たちが宇宙のハーモニーで伴奏するでしょう。

 

 

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一瞬一瞬の創造

日々の暮らしは、先に先にと思いながら、無意識に動いています。

ふと、頭の忙しさに気づきます。

 

いろいろな心配事が次々に連動して現れていることに気づきます。

何かをやり遂げないことには、人生の意味がないというのも、ひとつの思い込みであり、そのために貴重な“瞬間”を見過ごし通り過ぎてしまいがちになります。

 

その通り過ぎてしまった“瞬間”が、後になって、かけがえのない“瞬間”であったと後悔したりもして、さらに後悔の念に駆られるようになります。

 

頭の思考の“囚われ”から解放することが、とても大事です。

 

瞑想すること

無心に遊ぶこと

“今ここ”にあること

 

 

この三つに共通することは、《感覚》です。

 

《感覚》を感じている瞬間は、思考できません。

 

“今ここ”この瞬間を感じることは、偉大な創造の瞬間でもあることを、与えられた人生全般で掴み取ります。

 

何かを達成し成功することに、ワクワクして努力することは尊いことだと思いますが、“今ここ”に意識を留めて、与えられた生命の感覚器官を全開にして、瞬間瞬間、感じていますと、

 

その瞬間は、かけがえのない「愛と光と感謝」そのものとひとつになり、

すべてなるものの、生命の根源とひとつになります。

 

すべてなるものの生命の根源と、ひとつであることから遠のいている私たちが自らの意思で、

意識を、“今ここ”におくことは、新たなる「感覚器官の創造」にも似たことが身の内に起きるのです。

 

それは、宇宙のパワーとひとつとなる重要な「仕事」となります。

そのような「感覚器官」は、宇宙のメッセージを受信します。

 

失われた人類の「感覚器官」を取り戻します。

 

“抵抗”や“問題”が解決に至らないのは、頭で思考し、エゴに力を与えていることによります。

 

新たな感覚器官

は、すでにそうであるもの

生きていること、存在そのものであることに、自らが気づき目覚めます。

 

愛と光と感謝ー存在ー意識

 

 

“今ここ”

この“瞬間”

 

 

 

 

 

 

 

 

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愛と光と感謝ー存在

私たちは、誰もが

愛であり、光であり、感謝でありましょう

 

“抵抗”は、愛でないところ、光でないところ、感謝でないところ

“問題”も然り

 

“抵抗”や“問題”を頭で考えると、“思い込ん”だ思考が“エゴ”に擦り寄せられ

表面的になってしまう?

 

“思い込ん”だ思考が、“真実”から遠のいていたら?

 

掘り下げも、せず

向き合うことも、せず

 

ただ、ただ、「静けさ」に耳を澄ませ

 

“真実の私”に「出会う」

 

感謝

 

 

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夢の中

“この世は夢の中”なら、夢が覚めないうちに、自分の気持ちに寄り添い、行きたいところ、住みたいところに行ったらいい。

 

そうしたら、あの懐かしい友に再びこの世で出会うだろう。

 

 

コントロールされたマインドがまたいつものように稼働して、つまらない“時間の中”に追いやるから、ダブルチェックして“夢の中に目覚めよう

 

 

 

 

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支え合い①

セルフワークをあまりオススメしないのは、

 

普段の生活に瞑想を取り入れてないと、見える世界を現実と思い込んでいるので、

見える世界を変えようとしてより困難が生じることがあるからです。

 

瞑想が身についているいないに関わらず、“支え合う”関係があることは幸いです。

 

人は、自分のことを安心して聞いてもらえる人がいることがとても大事です。

 

話すことで心が軽くなるものです。でも話したことで逆に嫌な経験があると、安心して話せなくなります。

 

もし、誰も安心して話せる人がいないとき、次のような瞑想ワークをご紹介します。

 

これはとても深い瞑想状態になります。

 

ゆったりと胡座をかいて座ります。目を閉じます。

ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと息を吐きます。

これを何回かするうちに、リラックスしていきます。

 

体を丸ごと感じます。

体に違和感のある波動を感じたり、嫌な記憶が思い出されることがあります。

“今、ここ”の意識に戻れない場合は、目を開けて戻ります。

 

押し寄せてくるネガティヴな記憶や感情の嵐は無意識からくる“幻想”です。

それに呑み込まれないためには、瞑想して“静けさ”とひとつになります。

心の軸を自分軸の中心である“ニュートラル”に戻します。

 

瞑想は、見える世界を生み出しているところの見えない世界の“力”と源(ソース)につながる“糧”ですから、

 

この肉体の栄養と滋養である日々の“糧”と同様に、心にも“糧”を与えるのです。

心のストレスで過食するのは、心に栄養が足りないからです。

 

心の栄養は、人生の土台である子ども時代に充分な愛情を感じられなかったことが要因となっており、その愛情を大人になって得ようとするのは困難かもしれません。

 

肉体は完璧に生まれていますが、心は魂の成長とともにありますから、魂の成長のための環境である両親や家系を生まれてくる前に設定してきています。

 

生まれてくる前の世界は、見える世界である地球🌏の意識とひとつであるところの見えない霊の世界です。

何度も何度も地球に転生しては、魂の成長を成し遂げているのです。

 

見える世界でのみ生きていますと、心が折れたり生き詰まったりしてしまいがちなのは、自分がここに“ある”ことの根源を見失っているからです。

 

見える世界で、魂が成長するために、生まれる前の世界を忘れます。

忘れることで、新たな「生」を生きますが、見える世界で生きることは、魂自らが自らが“ある”ことの根源を再び思い出す“道”そのものとなるようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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自分でできるインナーチャイルドワーク① (トラウマでないもの)

“今、ここ”の瞬間を感じてください。

 

瞬間、瞬間、波動は変わっています。

 

“感じる”ことが、キーです。

 

中でも、何かネガティヴな感じは、チャンスですので見逃さないことです。

 

それは、“愛”ではないことがあったことが、エネルギーに“痼り”になっています。

 

例1

 

久しぶりに、美容室に行き、ヘアカットしてパーマをかけてもらいます。

髪をシャンプーしてもらい、ヘアカットしてパーマして、3時間はかかるそうです。

その間に、ヘアスタイリストと何気ない会話をしたり、サービスのお茶を飲んだりしてゆったりしています。

 

しかし、“今、ここ”を感じてみますと、体が硬くなっています。歯の噛み合わせまでもガチッとしています。頭はゆったりしているかのようですが、体が緊張しています。

 

そこで、これは何だろう?と、“感じて”みます。

「こんなに体が緊張しているのは、おかしいぞ」と言います。

 

脳は、それがおかしいということに気づいてませんから、インプットされたままになっているのです。

 

意識である“私”が、“これは、おかしい”と脳に言うことで、脳のプログラミングに変化の刺激を与えます。

 

①目を閉じて、ゆっくりと呼吸を感じます。

 

体は硬いままです。

 

②心の中で、声をかけます。

 

「ごめんね。今まで気づかなくて、ごめんね。

もう大丈夫よ、私、今ここにいるからね」

 

③さらに、自分を丸ごと、感じます。

 

④心の中で、声をかけます。

 

「今、どんな感じ?」「どうしてるの?」

 

⑤黙って、カチカチに固まっている幼い自分が“観えます”

記憶の中のインナーチャイルドです。

まるで、姿形が長方形にかっちりなってしまったかのように、固まっています。

 

⑥さらに、その固まっている自分を感じます。

 

⑦“今、ここ”と似たような状況、○ヘアカット、○美容室

思い当たることが思い出される。

 

小学校低学年で独りで、ヘアカットに行っていた。

固まっているチャイルドは、その頃の自分だと思い当たる。

 

⑧その子に、今の自分が言葉がけしたいことを心で声をかけてあげる。

 

「独りで床屋さんに行ったんだね。どんな気持ち?」

 

⑨やっと気づいてくれたので、少し解れてるが、相変わらず黙っている。

 

10.じっとその子を、あるがままで“感じて”あげる。

 

「今、どんな感じ?」

 

その子は忘れられていた記憶の中の自分の一部です。

本当は、ここで安心できるプラクティショナーに、この言葉がけをしてもらえるといいのですが、ここではセルフで自分に言葉がけします。

 

ここで、それも無理な場合、トラウマのように重い場合は、セルフワークをやめます。その子がいたことに気づいてあげて、丸ごとそのまま受け止めてあげることが大事です。

中には、チャイルドが怒っていることもありますので、セルフワークせずに、安心できるプラクティショナーに任せます。無理しては逆に良くありません。

傷ついているチャイルドには、決して無理してはいけません。

 

 

11.「本当は、どうだったら、良かったの?」

自分で自分に訊きます。

 

「独りで床屋さんにいるの、恥ずかしい。お母さんにいて欲しかった」

 

その当時、母親は仕事して忙しく、大人しいこの子は、自分で何もかもしていました。しかし、本音は、違っていました。

 

大人しくいい子にして、床屋さんでじっとして座ることはできましたが、そうすることは子どもにとっては、とても緊張することでした。しかも、そこにいてほしい親がいないで独りですから尚更だったでしょう。

 

その緊張感が、体に残っていたのでした。

ぎゅっと口を結び、体が硬直しているチャイルドは、自分の本当にこうしてほしい気持ちを母親に言えずにいただけでなく、床屋さんに行くたびにその自分のありようを脳にプログラミングしていたことになります。

 

この子は我慢することを覚えて、その我慢には緊張が伴っていました。

子ども時代を子どもらしく過ごせなかった子は、本当の自分の気持ちに蓋をしています。

 

自分の気持ちに正直にいられること、正直な自分の気持ちを表現することができると、社会でも生き易いのです。

あるがままの自分を受け止めてもらえた体験が、子ども時代にあることはとても大切なことです。

それが、「生きる意志」となり、人生の基礎となります。

それは、「真実の愛」で育てられることです。

 

子どもは、何かを教えられることよりも、自分の気持ちを聴いてほしいのです。

「今、どんな感じ?どんな気持ち?」

 

あるがままの子どもの気持ちを受け止めてあげることが、何よりも大切です。

 

12.「独りで床屋さんにいるの、恥ずかしいんだね。お母さんにいてほしいんだね」

 

チャイルドの気持ちに共感してあげます。そして、じっとその子の気持ちに寄り添いその感じを感じてあげます。

 

ここで、大人の今の自分がインナーチャイルドの気持ちに気づき寄り添い、感じてあげること、これが“癒し”の始まりです。

 

何十年間も、その自分の気持ちに蓋をしていました。誰もその子の気持ちを知らなかったのです。その子が一番気づいてほしかったのは、自分です。そして、お母さんです。

 

もしできたら、お母さんにそのときの自分の気持ちを伝えるのもいいでしょう。でも関係が良くない場合、それを伝えて逆に諭されたりしますと、チャイルドはさらに傷ついてしまいます。なので、安心できるプラクティショナーに、お母さんの代わりになってもらって話すことがいいのです。

 

 

セルフワークの場合は、イメージします。

お母さんに言いたかったことや、してほしかったことを、イメージしながら言います。そして、こうありたかったイメージを脳にインプットします。

上書きします。

 

その出てきたチャイルドを時折思い出してあげます。

その子がいい状態になっているか確認してあげて、育ててあげるのです。

「もう独りじゃないよ、私はここにいるからね」そういう気持ちでいてあげます。

 

子どもは、安心できる大人がそばにいて、親の代わりに気持ちを聞いてもらえていたら、インナーチャイルドにはならずに済んだのです。

 

大事なことは、感情を出したいときに、受け止めてもらえなかったことなのです。そのために抑圧された感情が残ってしまいます。

感情は、とても大きなエネルギーです。波動です。

それが抑圧されたままになっていますと、“痼り”となってしまいます。

 

13.大人の今の自分が、自分に「どうしてほしい?」と訊いてあげます。

チャイルドによっては、そのまま独りにさせてほしい、ぎゅっと抱きしめてほしい、お母さんに言ってほしい、、、などなど、言ってきますが、

その子の要求を満たしてあげることが大事です。

 

 

決してジャッジしてはいけません。あるがままに受け止めてあげることが大切です。

 

インナーチャイルドワークをセルフで行うことは、完璧ではありませんが、このような“気づき”の習慣として、取り入れることができると思います。

 

私が創始しましたレインボーDUOワークの初歩の初歩のセルフワークヴァージョンでした。

 

 

生きとし生けるものが幸せでありますように

 

追記

ここで書かれたセルフワークの方法のより、実際にご自身でワークを行い、何かありましても、こちらの責任ではありませんことご了承くださいますようお願いします。

インナーチャイルドワークはとても繊細なワークですので、専門家にお任せしますことオススメいたします。

 

 

美しい音楽を奏でよ

ゆっくり自分の身体を摩ってみると

 

そこから“音楽”が聴こえるだろうか?

 

今までに聴いた数々の曲や歌だけでなく、

 

自然の中で響き渡っている音も、蛇口から落ちる水の音、人々の行き交い、

 

恋人の囁きやインスピレーションの声も、

 

はっとする場面で響いた“音楽”も、

 

身体に刻まれた“音楽”が、ふとした“瞬間”に奏でられる。

 

その“瞬間”は、紛れもなく“我が身”を愛しんでいる“瞬間”

 

“音楽”となった“我が身”

 

死んでから“聴く”ことを

 

生きている“今、ここ”で奏でられよ

 

 

 

 

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