レインボーDUOワーク®

自分と思っている自分が、本来の“私”から遠のいているとしたら、軌道修正します。レインボーDUOワークは、ネガティヴな部分に向き合い、ポジティブになる自分を育てます。

夢の中

“この世は夢の中”なら、夢が覚めないうちに、自分の気持ちに寄り添い、行きたいところ、住みたいところに行ったらいい。

 

そうしたら、あの懐かしい友に再びこの世で出会うだろう。

 

 

コントロールされたマインドがまたいつものように稼働して、つまらない“時間の中”に追いやるから、ダブルチェックして“夢の中に目覚めよう

 

 

 

 

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支え合い①

セルフワークをあまりオススメしないのは、

 

普段の生活に瞑想を取り入れてないと、見える世界を現実と思い込んでいるので、

見える世界を変えようとしてより困難が生じることがあるからです。

 

瞑想が身についているいないに関わらず、“支え合う”関係があることは幸いです。

 

人は、自分のことを安心して聞いてもらえる人がいることがとても大事です。

 

話すことで心が軽くなるものです。でも話したことで逆に嫌な経験があると、安心して話せなくなります。

 

もし、誰も安心して話せる人がいないとき、次のような瞑想ワークをご紹介します。

 

これはとても深い瞑想状態になります。

 

ゆったりと胡座をかいて座ります。目を閉じます。

ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと息を吐きます。

これを何回かするうちに、リラックスしていきます。

 

体を丸ごと感じます。

体に違和感のある波動を感じたり、嫌な記憶が思い出されることがあります。

“今、ここ”の意識に戻れない場合は、目を開けて戻ります。

 

押し寄せてくるネガティヴな記憶や感情の嵐は無意識からくる“幻想”です。

それに呑み込まれないためには、瞑想して“静けさ”とひとつになります。

心の軸を自分軸の中心である“ニュートラル”に戻します。

 

瞑想は、見える世界を生み出しているところの見えない世界の“力”と源(ソース)につながる“糧”ですから、

 

この肉体の栄養と滋養である日々の“糧”と同様に、心にも“糧”を与えるのです。

心のストレスで過食するのは、心に栄養が足りないからです。

 

心の栄養は、人生の土台である子ども時代に充分な愛情を感じられなかったことが要因となっており、その愛情を大人になって得ようとするのは困難かもしれません。

 

肉体は完璧に生まれていますが、心は魂の成長とともにありますから、魂の成長のための環境である両親や家系を生まれてくる前に設定してきています。

 

生まれてくる前の世界は、見える世界である地球🌏の意識とひとつであるところの見えない霊の世界です。

何度も何度も地球に転生しては、魂の成長を成し遂げているのです。

 

見える世界でのみ生きていますと、心が折れたり生き詰まったりしてしまいがちなのは、自分がここに“ある”ことの根源を見失っているからです。

 

見える世界で、魂が成長するために、生まれる前の世界を忘れます。

忘れることで、新たな「生」を生きますが、見える世界で生きることは、魂自らが自らが“ある”ことの根源を再び思い出す“道”そのものとなるようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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自分でできるインナーチャイルドワーク① (トラウマでないもの)

“今、ここ”の瞬間を感じてください。

 

瞬間、瞬間、波動は変わっています。

 

“感じる”ことが、キーです。

 

中でも、何かネガティヴな感じは、チャンスですので見逃さないことです。

 

それは、“愛”ではないことがあったことが、エネルギーに“痼り”になっています。

 

例1

 

久しぶりに、美容室に行き、ヘアカットしてパーマをかけてもらいます。

髪をシャンプーしてもらい、ヘアカットしてパーマして、3時間はかかるそうです。

その間に、ヘアスタイリストと何気ない会話をしたり、サービスのお茶を飲んだりしてゆったりしています。

 

しかし、“今、ここ”を感じてみますと、体が硬くなっています。歯の噛み合わせまでもガチッとしています。頭はゆったりしているかのようですが、体が緊張しています。

 

そこで、これは何だろう?と、“感じて”みます。

「こんなに体が緊張しているのは、おかしいぞ」と言います。

 

脳は、それがおかしいということに気づいてませんから、インプットされたままになっているのです。

 

意識である“私”が、“これは、おかしい”と脳に言うことで、脳のプログラミングに変化の刺激を与えます。

 

①目を閉じて、ゆっくりと呼吸を感じます。

 

体は硬いままです。

 

②心の中で、声をかけます。

 

「ごめんね。今まで気づかなくて、ごめんね。

もう大丈夫よ、私、今ここにいるからね」

 

③さらに、自分を丸ごと、感じます。

 

④心の中で、声をかけます。

 

「今、どんな感じ?」「どうしてるの?」

 

⑤黙って、カチカチに固まっている幼い自分が“観えます”

記憶の中のインナーチャイルドです。

まるで、姿形が長方形にかっちりなってしまったかのように、固まっています。

 

⑥さらに、その固まっている自分を感じます。

 

⑦“今、ここ”と似たような状況、○ヘアカット、○美容室

思い当たることが思い出される。

 

小学校低学年で独りで、ヘアカットに行っていた。

固まっているチャイルドは、その頃の自分だと思い当たる。

 

⑧その子に、今の自分が言葉がけしたいことを心で声をかけてあげる。

 

「独りで床屋さんに行ったんだね。どんな気持ち?」

 

⑨やっと気づいてくれたので、少し解れてるが、相変わらず黙っている。

 

10.じっとその子を、あるがままで“感じて”あげる。

 

「今、どんな感じ?」

 

その子は忘れられていた記憶の中の自分の一部です。

本当は、ここで安心できるプラクティショナーに、この言葉がけをしてもらえるといいのですが、ここではセルフで自分に言葉がけします。

 

ここで、それも無理な場合、トラウマのように重い場合は、セルフワークをやめます。その子がいたことに気づいてあげて、丸ごとそのまま受け止めてあげることが大事です。

中には、チャイルドが怒っていることもありますので、セルフワークせずに、安心できるプラクティショナーに任せます。無理しては逆に良くありません。

傷ついているチャイルドには、決して無理してはいけません。

 

 

11.「本当は、どうだったら、良かったの?」

自分で自分に訊きます。

 

「独りで床屋さんにいるの、恥ずかしい。お母さんにいて欲しかった」

 

その当時、母親は仕事して忙しく、大人しいこの子は、自分で何もかもしていました。しかし、本音は、違っていました。

 

大人しくいい子にして、床屋さんでじっとして座ることはできましたが、そうすることは子どもにとっては、とても緊張することでした。しかも、そこにいてほしい親がいないで独りですから尚更だったでしょう。

 

その緊張感が、体に残っていたのでした。

ぎゅっと口を結び、体が硬直しているチャイルドは、自分の本当にこうしてほしい気持ちを母親に言えずにいただけでなく、床屋さんに行くたびにその自分のありようを脳にプログラミングしていたことになります。

 

この子は我慢することを覚えて、その我慢には緊張が伴っていました。

子ども時代を子どもらしく過ごせなかった子は、本当の自分の気持ちに蓋をしています。

 

自分の気持ちに正直にいられること、正直な自分の気持ちを表現することができると、社会でも生き易いのです。

あるがままの自分を受け止めてもらえた体験が、子ども時代にあることはとても大切なことです。

それが、「生きる意志」となり、人生の基礎となります。

それは、「真実の愛」で育てられることです。

 

子どもは、何かを教えられることよりも、自分の気持ちを聴いてほしいのです。

「今、どんな感じ?どんな気持ち?」

 

あるがままの子どもの気持ちを受け止めてあげることが、何よりも大切です。

 

12.「独りで床屋さんにいるの、恥ずかしいんだね。お母さんにいてほしいんだね」

 

チャイルドの気持ちに共感してあげます。そして、じっとその子の気持ちに寄り添いその感じを感じてあげます。

 

ここで、大人の今の自分がインナーチャイルドの気持ちに気づき寄り添い、感じてあげること、これが“癒し”の始まりです。

 

何十年間も、その自分の気持ちに蓋をしていました。誰もその子の気持ちを知らなかったのです。その子が一番気づいてほしかったのは、自分です。そして、お母さんです。

 

もしできたら、お母さんにそのときの自分の気持ちを伝えるのもいいでしょう。でも関係が良くない場合、それを伝えて逆に諭されたりしますと、チャイルドはさらに傷ついてしまいます。なので、安心できるプラクティショナーに、お母さんの代わりになってもらって話すことがいいのです。

 

 

セルフワークの場合は、イメージします。

お母さんに言いたかったことや、してほしかったことを、イメージしながら言います。そして、こうありたかったイメージを脳にインプットします。

上書きします。

 

その出てきたチャイルドを時折思い出してあげます。

その子がいい状態になっているか確認してあげて、育ててあげるのです。

「もう独りじゃないよ、私はここにいるからね」そういう気持ちでいてあげます。

 

子どもは、安心できる大人がそばにいて、親の代わりに気持ちを聞いてもらえていたら、インナーチャイルドにはならずに済んだのです。

 

大事なことは、感情を出したいときに、受け止めてもらえなかったことなのです。そのために抑圧された感情が残ってしまいます。

感情は、とても大きなエネルギーです。波動です。

それが抑圧されたままになっていますと、“痼り”となってしまいます。

 

13.大人の今の自分が、自分に「どうしてほしい?」と訊いてあげます。

チャイルドによっては、そのまま独りにさせてほしい、ぎゅっと抱きしめてほしい、お母さんに言ってほしい、、、などなど、言ってきますが、

その子の要求を満たしてあげることが大事です。

 

 

決してジャッジしてはいけません。あるがままに受け止めてあげることが大切です。

 

インナーチャイルドワークをセルフで行うことは、完璧ではありませんが、このような“気づき”の習慣として、取り入れることができると思います。

 

私が創始しましたレインボーDUOワークの初歩の初歩のセルフワークヴァージョンでした。

 

 

生きとし生けるものが幸せでありますように

 

追記

ここで書かれたセルフワークの方法のより、実際にご自身でワークを行い、何かありましても、こちらの責任ではありませんことご了承くださいますようお願いします。

インナーチャイルドワークはとても繊細なワークですので、専門家にお任せしますことオススメいたします。

 

 

美しい音楽を奏でよ

ゆっくり自分の身体を摩ってみると

 

そこから“音楽”が聴こえるだろうか?

 

今までに聴いた数々の曲や歌だけでなく、

 

自然の中で響き渡っている音も、蛇口から落ちる水の音、人々の行き交い、

 

恋人の囁きやインスピレーションの声も、

 

はっとする場面で響いた“音楽”も、

 

身体に刻まれた“音楽”が、ふとした“瞬間”に奏でられる。

 

その“瞬間”は、紛れもなく“我が身”を愛しんでいる“瞬間”

 

“音楽”となった“我が身”

 

死んでから“聴く”ことを

 

生きている“今、ここ”で奏でられよ

 

 

 

 

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無気力の奥に鎮座する無意識の悲しみ

人を表面から見ることはできない。自分をもである。

 

鏡に映っている自分は喜び輝いているだろうか?

 

今日一日道行く人々を見て笑顔の人を見ただろうか?

 

自分でも気づいていない悲しみが無意識の奥に鎮座しているとしたら、

 

無理に動いているその動きが心からでないとしたら、

 

自分はなんのために生きているのかわからなくなってしまったかもしれない。

 

身体は無意識とひとつ。

 

眠りとともに、蓋をした悲しみを癒すように、宇宙に飛んでいる。

 

でも、当人の意識がそれに気づかないままでいると、そのまま蓋の下にある

 

悲しみは、胸を押し潰されたように身体の悲鳴をあげている。

 

何か気力が出ない、真の喜びがない、

 

そういう状態であるなら、その蓋をしていることに気づくときである。

 

優しく親切にされていると思って感謝していたことが、

 

憎しみをともなっていたとしたら、それは愛ではないので体はノー

 

と叫んでいる。

 

愛でないものは受け取らないでと。

 

 

 

変化

移行期は、ニュートラルな状態となり、シフトするという。

 

生まれる前に、自らが設定してきた人生路線。

 

振り返ってみれば、そのときそのときが精一杯の選択を生きていた。

 

感情の起伏を乗り越え、平安がある。

 

ご縁のある方々と歩んで生み出されたオリジナルインナーチャイルドワークである、

レインボーDUOワーク。

 

もはやそれも手放すときを迎えている。

 

かねてからの望みは、“存在することが癒し”となること。

 

ワークも何もしないのである。

 

あの、百済観音の立ち姿に見入ると

 

その優美な姿にただただ感動する。

 

すべてのフォルムが、広大で深遠な宇宙につながり

 

見ているだけで、それとひとつになるのを覚えた。

 

生きとし生けるもの、すべてはそのようなのであろう。

 

そのように、目の前にある人々や動物、植物、鉱物を見入ると、

 

生きていることの尊さにただただ感動する。

 

 

 

 

愛と光

 

感謝とともに

 

ある

 

 

 

 

 

 

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幸せは、今ここに

幸せになることを求めて努力しても、幸せはやってくるものではないという

 

頑張れば頑張るほど、その頑張る自分を創造してしまう

 

一杯の温かいお茶を飲むとき、その一瞬の喜びを見逃さない

 

たとえ途轍もなく大きな問題を抱えていようと

 

この“今、ここ”のこの瞬間に意識を止めると

 

そこには、何も起きていないことを識る

 

ただ静けさだけがあり、その静けさで茶を飲む

 

一杯の茶にこめられた“愛”とひとつになる瞬間である

 

“私”がここに、“ある”ことの“愛”を感じる瞬間である

 

その“瞬間”は、“今、ここ”に“ある”とき創造される

 

外なる世界が嵐になっていようとも、この“愛”に勝るものはない

 

“愛”に根を下ろしていると、恐怖が押し寄せることはない

 

過ぎゆくものは、“幻想”

 

外なる世界に何を求めても、それもまた“幻想”

 

しかし、この“愛”のまなざしで、外なる世界を見つめると

 

そこに“奇跡”が生まれる

 

“癒し”が起きる

 

『神は、愛なり』

 

 

 

愛と光と感謝はひとつ

 

光は、ポジティブな思考であり、明るい

 

その明るさを

 

一瞬一瞬

 

創造する

 

その明るさは、

 

闇を照らす光となり

 

光に照らされた闇は

 

収縮し

 

元の光となる

 

愛でないものにより生まれた闇を

 

再び光に還すことができるのは

 

大いなるすべての無条件の愛に

 

闇自らが気づいたときであり

 

誰もできない

 

愛は無条件にあるがままを愛する

 

 

 

 

 

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一瞬一瞬の選択

今、この瞬間、瞬間に生きている

 

ちょっと前に交わした言葉のやりとりは、今はもうない

 

目の前にある一杯の珈琲を

 

その香しさ、苦味やまろやかさ

 

珈琲茶碗の陶器の肌合い、ぬくもりや滑らかな感触

 

窓の外にいく種類もの鳥達の鳴き声の色合い

 

キーンとした寒気に躍動している

 

その感触も、今、ここに、生きている

 

"明日のことを思い煩うこと勿れ”

 

一瞬一瞬、ハートの躍動を感じ入る

 

歓喜の創造

 

すでに、この瞬間に

 

“ある”、ことの

 

感謝は、

 

愛と光

 

 

 

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一人ひとりの宇宙

試しに他人になってみる

 

よく知っている身近な人の内側に入った気分になって

 

その感じがどんな感じか

 

浸ってみる

 

全く違う世界を見るかのように

 

まるでもう宇宙が違うかのように感じるだろうか

 

自分のことさえ知り得ぬのに

 

自分以外の人のことどうして知り得るだろうか

 

一人ひとりの個性は宇宙ほどに異なり

 

かけがえのないもの

 

かけがえのないもの同士が出会い別れてゆく

 

まさに一期一会の瞬き

 

そして、人間だけでなく、

 

動物、植物、鉱物たちはどうだろうか

 

大海原を悠々と泳ぐ大鯨の内側からこの地球を見たらどんな感じがするだろう

 

水に伝達する情報を体全身でキャッチしているだろうか

 

人間であることで豊富な食を楽しむけれども

 

体内の水が汚れていては、高いメッセージは受信ずらい

 

高感度なセンサーアンテナを身につけられたら

 

ここにいて地球丸ごと感じられるだろうか

 

地中に棲むコロボックルの石の鉱脈を肌で感じ取るように

 

象の群れの嬉々として戯れる

 

その歓ぶを我がことのように感得しようか

 

宇宙ほどの異なる存在ですら、分離していないという

 

今この瞬間だけが、「ある」

 

その奥義にふれることは

 

あらゆる“救い”の原点となるやもしれぬ

 

点であり全てであることの

 

 

 

 

 

感謝

 

 

 

 

 

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この世は夢のよう

この世はまるで夢のよう

 

過ぎ去りし幸福な瞬間の今はなきことを悲しんでも

 

もう同じ日は二度と帰らない

 

どん底に打ちひしがれし長い長い沈黙の日々も

 

今はもうない

 

秋が来て冬が来る

 

やがて春を迎えると夏の輝きは束の間の瞬間

 

巡り巡って、蒔いた種はやがては刈ることになり

 

こうべを垂れて大地に涙する

 

涙は渇くことなく大地を潤すだろう

 

その涙を受けとめてくれている大地は

 

母なる地球であり

 

キリストであり

 

仏陀そのものである

 

この世はまるで夢のよう

 

はかない一瞬一瞬が

 

最もかけがえのない瞬間であると

 

教えてくれた涙に

 

感謝感謝し

 

今、この瞬間を大切にしよう

 

どんな瞬間も夢のようなら

 

一瞬一瞬、よく味わいよく感謝しよう

 

二度と後悔しない夢を生きよう

 

ささいなことでもいい

 

ワクワクを見つけて冒険しよう

 

一瞬一瞬の積み重ね

 

楽しんで喜んで

 

その喜びで大地に立つとき

 

己が種の殻が破れて

 

この世に美しい芽を出すだろう

 

神さま、感謝します

 

神さま、感謝します

 

神さま、感謝します

 

太陽のあたたかな光が

 

どんなときも降り注いでいる光を

 

受けとめられる、感謝の言葉

 

言葉は、神さまの光

 

言葉は、神さまの生命

 

神さまは、愛

 

神さま、感謝します

 

神さまの息吹とひとつになる言葉

 

たくさんな種まきも

 

神さまの言葉で

 

喜びの種に変わる

 

この世はまるで夢のよう

 

夢の中で神さまと

 

喜びの種まきしよう

 

神さま、感謝します

 

神さま、感謝します

 

神さま、感謝します

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ソウルメイトとの別れ

幾世をも超えてこの世で出会い結ばれたソウルメイトに

 

別れが訪れることがあれば

 

身を引き裂かれるほどの思いに苛むだろう

 

片翼を失ったかのように

 

今までだったら大空を羽ばたいていた力さえも失せてしまっただろう

 

その存在のありがたみに感謝し慈しみ育ち合い

 

共に喜び飛翔したであろう翼が

 

真っ逆さまに落ちてゆく落ちてゆく

 

生きている心地すらなく重たい足を引きずっている

 

ソウルメイトは我が魂を映し出してくれる高性能な鏡でもあったんだね

 

深い奈落の底に落ちた魂は死ぬことができない苦しみをさらに味わい

 

「死して成れ」の轟音に目が覚め

 

全てが完璧だったことを知る

 

己がエゴの卑小さゆえにかけがえなき伴侶が失わそ

 

見るべきは己がおかしき脳にあり

 

そこに見えたる幼き我が身の悲しみがさらなる不幸を呼び寄せる

 

すでにとき遅し

 

。。。。

 

感謝し給へこの瞬間に

 

感謝の学びこそ深遠なり

 

 

感謝し光となるらん

 

永遠なる愛は汝のうちにあるらん

 

愛ゆえの汝へ